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がんばっていきまっしょい。

自分の人生を生きるということ。 / 堀江貴文『ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく』

堀江貴文という人は誤解されている。
それがこの本を読めばわかる。
 
多くの人は『ホリエモン』=『金の亡者』というイメージを持っていることと思う。
ライブドアの一連の騒動から、彼はとにかくお金が大好きで、お金を求めて行動してきた結果犯罪にまで手を染めてしまったのだと考えていると思う。(少なからず僕にもそんなところがあった)
けれどそうではなかった。彼は金の亡者なのではなく、働いてきた結果お金が付いてきただけの未来を夢見るロマンチストだった。お金は目的ではなく手段に過ぎないのである。
それがこの本を読めばわかる。
彼は『働かなければ生きていられない』類の人間である。彼はシンプルに「はたらこう」と訴える。働くことで自信を付けて、収入を得て自立し、己の人生を好きなように歩もうと。
実のところこれまでも一貫して訴えていることは同じだった。しかしかつてベストセラーとなった『稼ぐが勝ち』などに見られる、いわゆる煽り文句が先行してしまい彼の訴えたいメッセージが歪曲して伝わってしまっていた。(その結果多くの人が彼を金の亡者だと勘違いをしてしまった)
収監され彼は己を省みて、伝え方に問題があったのではないかと気が付く。
そして書かれたのがこの本だ。だからこの本は彼の一貫した哲学をより丁寧に、煽り抜きでごく自然体で訴えたものとなっている。
だからこそ堀江貴文という人に反感を抱いている人にも届きうる一冊となっている。
 
彼にとって働くとは「社会の中で自分には何ができるか」ということだ。決して傲慢にも『俺が社会の中心だ』と考えているわけではない。
そうではなく、彼はこれからの未来を読み取り、これからの社会(特に日本社会)には何が必要かということを見定めて邁進してきたのだった。しかしそれは既得権益勢には快くは映らない、それはそうである、彼の野心によりシステムが崩されてしまったら甘い蜜を啜ることができなくなってしまうからである。
そして虎の尾を踏んでしまった彼は収監されゼロとなった。
書籍はゼロ、まさしく彼のゼロ地点である幼少期から赤裸々に綴られていく。
 
福岡の田舎町に産まれた彼の生い立ち、親の不仲、学校での話、楽しみにしていた東京観光でふてくされた話、PCでプログラミングに没頭した日々等々、なんら僕らと変わらない彼の成長を見ることができる。(ただし、やはり地頭の問題というのはあって、彼は幼少期からずば抜けて勉強ができたようだが)
彼も繰り返し言っているように、彼と僕たちの間にはそう違いはない。たしかに彼は『天才』だと思うが(本人が否定しようとも)、彼の生き方それそのものならば僕らも参考にできるはずなのである。それは志の問題だからだ。
彼は家庭の不仲や地元への反発などもあり、とにかく『自分の力で好きなように生きていく』ことを念頭に置いて生きるようになる。これはごくごくシンプルな答えであり、自立と呼ばれるものだ。多くの人もそれはわかっている。
だが、ここに堀江氏の鋭い問いかけがグサリと刺さる。
 
『果たして君はきちんと自分の意志で働いているだろうか? 働かされてはいないだろうか?』と。
 
自分のやりたいことをやらずに、生活の為に働いてはいないだろうか?
みんながそうしているから、そうしないといけない感じだから、空気に流されてなんとなく働いていないだろうか?
もしそうなら、勇気を持って『自分の人生を』生きてみないか?
それは誰にでもできることなんだから、それが本当の自立なんじゃないのか、堀江氏はそう訴える。
 
つまりはあらゆるしがらみから己を解き放ち、やりたいことを必死にやっていればお金も周囲も付いてきてくれる、だからやってみようよと、シンプルにそういうことだ。
君たちに足りないものは能力でもなんでもなく勇気、一番足りないものは勇気なんだ。その上で能力が足りないと思うなら自分には何ができるかと試行錯誤し、人一倍がんばればいい。
ほんとうに単純に彼の訴えていることはこれだけなのだろうと思う。そして実際に彼はそうして道を切り開いてきた自負がある。
だからこそ書籍のタイトルにもなっている通り、『なにもない自分に小さなイチを足していく』のである。自分の人生を生きる為に日々がんばっていこう、その先にあなたの成功が待っている、ほんとうにただ単純にこれだけのことなのだ。

僕は天才ではないし、名家の生まれでもなく、イケメンなわけでもない、ただの地方出身者だ。あまり好きな言葉ではないが、努力だけでのし上がってきた人間である。そしていまもなお、ひたすらゼロの自分にイチを足して生きている。そんな僕にできるのだったら、あなたにもできる。僕は本気でそう思っている。

だがもちろん言うが易し、行うは難し、自分を信じ切れない時もあるだろう。そんな時はこの本に立ち返りたい。実際に自分を信じて己の道を邁進していく彼がいるのだから。再びゼロ地点に舞い戻った彼は再び小さなイチを積み重ねていく、ならば僕らにもできないはずはないのである。

 
最後に、この本を読んで特に印象的だったのが、彼が極度の寂しがり屋だということだ。彼は一人でいるのが嫌で、常に誰かと一緒にいたいらしい。これはとても意外だった。こう言ってはなんだが、一人でワインでも飲むのが好きというような印象を勝手に抱いていたからである。
また、死ぬことがとても恐いのだと語っていた。暇ができると死の恐怖に襲われてしまう、でも遮二無二なって働いていれば死の恐怖を忘れることができるのだと。
本を読む限り幼少期、彼はさみしかったのだろうと思う。それが今の彼の哲学に繋がっているのかな、と思った。働くことは彼にとって『人と繋がっていられる』ということでもあるのだろう。

 

もう一つ、ここのくだりがグサリと刺さった。

たとえば僕は決して裕福とは言えない家庭に生まれ育った。都会の、もっと裕福な家庭に生まれていれば、まったく違った人生が待っていたとは思う。しかし、僕は自分の境遇をマイナスだとは思っていない。なにかの機会が奪われたとか、人生をフイにしてしまったとは、思っていない。

なぜなら、チャンスだけは誰にでも平等に流れてくるものだからだ。

堀江氏は「チャンスに飛び付く力」のことを「ノリのよさ」と呼ぶ。

このノリの良さとは「フットワークの軽さ」「好奇心の強さ」「リスクを承知で飛び込んでいける小さな勇気」の総称だ。とにかく少しでも面白そうだと思ったらやってみる、そうしないとチャンスはすぐに過ぎ去ってしまう。自信がないとかなんとか言ってないで、とにかくやってみろと。

そうだよなぁ、僕にだってチャンスはあったはずで、だけど臆して掴み損ねてきたんだよなぁと、心当たる節もありとても身につまされた……。

 
ライブドア関連の一連の騒動には色々と意見はあると思う。だがそれでもって彼の生き方そのものが否定されるわけではない。実際に彼はごくごく普通の一般家庭の出身にも関わらずフジテレビ買収までを目論むくらいの成果を出したのである。言わずもがなそれは彼が彼の哲学に依って働いてきた結果である。
この書籍で語られるのは、そんな彼を支えてきた『生きる哲学』である。
金銭を稼ぐという成功ではなく、自分の人生を満足いくように生きられるといった成功、彼が訴えるのはそれだ。
ただし、自分の人生を生きる為にはお金が必要だから、がんばってお金を稼ごうね、その為に自分には何が出来るか考えようね、と。
 
誰もが自由に生きたいと願う、だが自由に生きることがどれだけ困難か僕らは身をもって知っている。
けれど実際にそれをやり続けて大きな結果を残してきた彼がいるのだから、勇気づけられる。
この本を読み一人の人間として堀江氏に好意を持ち、また憧れを持ち、ロールモデルの一人としたい人だと思った。

折に触れ読み返したい一冊である。

 

ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく

ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく

 

 

稼ぐが勝ち ゼロから100億、ボクのやり方

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