開店休業

趣味の徒然うつらつら(2016年他ブログより移転)

即興

 氷付けにされた親を前にして助六は思った。こりゃあとんでもねえことになった、と。
 
 世界が闇に閉ざされて凍てついてしまってから、助六は洞窟の外に出ることはしなかった。なぜなら寒いからだ。当たり前だ、外になど出たくはない。そしてそれまではそれが許される環境にいた。彼は引きこもりだった。
 けれど世界が終わり凍てついてしまった後は、彼は集団の中に属さねばならなくなり、それが彼にとってとても苦痛だった。ネットもなく漫画もなくテレビもない、そんな中で他の誰かと一緒にいなければならない。しかも何かをしていないと責められる始末、こんな環境に彼の精神は堪えられなかった。出て行こう、と決心するまでにさほど時間はかからなかった。
 だが出て行ったところで行くアテもなく、それどころか食料のアテすらなかった。こんな環境で食を見付けられるとも思えず、だから彼は親にねだった。「もっと食料が欲しい」と。
 もちろん親はそれを不審に思い問いただしたが、ただ彼は「お腹が減っているのだ」と繰り返した。そして必殺の言葉を繰り出した。
助六って名前、なんで付けたの?」。
 
 彼は事あるごとにこう言ってきた。助六という名前は現代にあってはとても奇妙に映った。学校でも弄られて、それがイジメに発展して彼は不登校となり引きこもりとなった。親はもちろんその名を良かれと思って付けたのだが、いかんせん壊滅的にセンスが悪くそれが息子を苦しめる結果となってしまったことを心苦しく思っていた。だから今息子がこうなってしまったのは私たちにも責任があったのだと思い、彼にはできる限りのことをしてきた。
 今回もまた同じように物をねだられた。ただしかし今回は事情がちがう。もう世界は終わってしまったのだ。そんな甘いことを言っているようではこの先やってなどいけるものか。
「でもさ、まだ俺らみんなといるし、みんな俺のこと助六って呼ぶじゃん? 昔さ、俺のこと小学生のときに『スケべなろくでなしで略して助六』とか騒ぎ立ててた奴もいるわけよ。そいつにさ、助六ってまた呼ばれるの、どういう気持ちかわかる? ていうか何時代?」
 それで親は何も言えなくなって、その日からせっせと食料を蓄えるようになった。自らの配給にも手を付けずに。
 みるみる親はやせ細っていったが、彼は別段気にすることはなかった。彼は半ば本気で思っていたのだ。自分がこうなってしまったのは何もかも名前が悪い、両親が悪い、と。そしていつしかそんな要望すら忘れた。

 そのうちに外に出て食料を探しに出た大人衆が行方不明になった。その中には両親も含まれていて、彼は内心気が気ではなかった。なんやかんやと言っても親は親、心配せずにはいられない。
 しかして帰って来たのは両親を除いた大人達で、「う、うちの親は!?」と聞いても誰もが神妙な顔をした。そして手を引かれ連れ出された先で、彼は氷付けになった両親と見ることになった。

 両親はそこに食料を隠していたらしい。その時も二人でそこに隠しに行って、帰る時に雪崩に遭い埋もれてしまったのだ。一行は両親を捜して戻らなかったのだ。

 彼は自らの行いを悔いた。アホなことをしたと思った。名前などどうでもいいではないか。なんというバカな理由で親を死なせてしまったのだろう。出て行こうと決めたことは決めたが、具体的なプランなど無きに等しく、彼は今となっては食料の確保を親に頼んだことすら忘れていた。

 結局俺は親に甘えていただけなんだ。
 それは知っていた。知っていてなお甘えていた。それが親の義務であり務めだと思っていた。
 えらいことになった、と彼は思った。二人をなくしてもなお俺は生きていかなくちゃならない。
 アホな理由で両親を死なせてしまった。

 彼は氷付けになった両親を前にしてさめざめと泣いた。涙はすぐに氷となって彼の頬で氷となったが、それでも彼は泣き続けた。

 そして彼はそこにかまくらを作り上げて凍りづけになった両親と共に暮らし始めた。遂に彼は家族団らんを手に入れたのだ。
 今でもあの森の向こうのどこかにはほこらのようなものがあって、そこにはその男が住んでいる。

「----っていう話でさ」
「へぇ~」
「その人、まだ生きてるの? 食料は?」
「危なくなったら親の死体の肉を食らっているらしい。あとほら、時々うちらの食料がなくなることがあるだろ? それはその人の仕業なんじゃないかって噂」
「うっそ-、こわーい!」
「言うなよ? 絶対言うなよ? 絶対言うなって父ちゃんに言われてるんだから、これは禁忌なんだって」
「ううーん、でもなんだかうそくさいなぁ」
「んだよほんとだっての! じゃあ今度行ってみるか? たしかめに」
「お、いいぜ行こうぜ! そんなのぜってーうそだし」
「うっそー、こわーい!」

 ということで少年達は森の中へと入る約束をした。誰もが胸を躍らせていた。子どもだけの冒険だった。集落の大人たちも少なからずこうして子ども時代には冒険に繰り出していたと知っている。遂に自分たちにもその番が回ってきたんだ。
 
 そう思い緩む頬を抑えきれない。
 地獄が待っているとも知らずに。