開店休業

がんばっていきまっしょい。

即興

 赤子の手をひねるように、母の首をひねった。
 だからなんだ、ということもない。特に何も変わらず、僕は日々を過ごしている。
 死体は腐乱し腐臭が漂うが、この近くには民家もなく、気がつかれることもない。
 だから、どうということもない。母がいなくなってしまっても。
 最期に母は言った。
「何か食べたいものはある?」
 特に思いつかなかったので「ない」と答えたら、悲しげに笑ってみせた。
 その笑顔は少しだけ僕の胸を締め付けたので、僕は申し訳なくなって、ああ、親孝行しなくっちゃな、などと思った気がして、気がついたら母は白目を向いて倒れていた。
 僕の手は、震えていた。
 手に感触が残っていた、妙に温かい。
 息が、うるさい。
 すぐに蘇生を試みたけど、うまくいかず、結局母が生き返ることはなかった。
 僕は途方に暮れた。
「これは、心神喪失というのだろうか?」
 難しい言葉だ。心神喪失、こういった事例ではこの実際は適用されるのだろうか。何も覚えていないことを、証明することはできない。
「はぁ」などと溜め息を吐いてみせる。現実感がない。
 けれどまあ、人生なんてこんなものなのだろう。
 どんなに重大な事が起きても後から思い起こせば夢のように思えるものだ。
 普段起こりえないようなことが起きたときにこそ、現実は浮つく、であるなら、これも当然のことだ。後から悲しみに暮れることもあるかもしれない、後悔することもあるかもしれない、でもそれも仕方のないことだ。
 起きてしまったことは、戻せない。
 覆水盆に返らずとは、言い得て妙なことわざだなぁ。

 目下の問題は、これからどうするかということだ。
 特にプランらしいプランはなかった。金もない、健康もない、ないない尽くしの人生だ。
 であるならば、どうする?

「そうだ、旅に出よう!」

 全てをほっぽりだして、一からのスタートだ。
 こんな家は飛びでて、新世界へと飛びだそう。
 誰も僕を知らない土地で、新しい仲間達と暮らそう。
「そうだ、それがいい」
 早速僕は荷物をまとめて母の遺体に「行ってきます」と声をかけてから家を飛び出した。
 どこに行こう?
 どこでもいい。
 なら、南へ行こう。
 最悪野宿もできるし。
「いざ」
 ということで、僕は旅に出ることになった。
 人それぞれ旅に出る理由はあるだろうけれど、僕にとってはこれがその全てだ。
 これ以上語れる理由なんてものはない。
 燦々と降り注ぐ陽光に思わず目を細める。
 ううん、と背伸びをする。

 どうやら、最高の夏になりそうだ。