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がんばっていきまっしょい。

「穢翼のユースティア」雑感

※途中まで書いて放置していた記事をサルベージしました。限りある資源は有効活用していきたい所存です。


 滅茶苦茶面白かったです。面白かったんですが驚く程に余韻がありません。ここまで面白かったら普通ED後にファンブックが欲しくなったりOPをエンドレスで視聴する機械になったりするものなのですがそれがありません。これはおそらく収まるべき所に収まったので「あ、うん、そうか」となってしまったからだと思います。
 物語的にこれ以上進展のしようがないというか、各々の問題はきちんと解消されましたので続きが気にならない。下界での生活がどのようなものなのか、それも全く気にならない。どうしてだろう、と思ったのですが想像が付いてしまうからじゃないかと思いました。みんな強いですからね、きちんと慎ましくたくましく生きていくでしょう。

 ひとつ気になったのが、主人公のカイムの問題が後半になって浮き彫りになるのは少し唐突感がありました。今更かよ、と思ってしまいました。
 要は主人公が「何をしたいのか、どう生きたいのか」という問題なのですが、これが最終的なテーマともなっていて、主人公は悩みに悩んだ末に世界よりも一人の女の子を選ぶこととなります。(メインルート)その時の主人公の決断がどうも説得力に欠けました。
 展開的にそっちに向かい始めた時、何か心を定める大きな事件なりなんなりが起きるのだろうなぁと思ったのですが、結局は一人で悶々とした末に、突然ひらめいたように「よし、守るぞ」となりました。それはそれで現実的で人間的なのかもしれませんが、なんだか軽いなぁと感じずにはいられませんでした。
 それでその前段階で上層で流されるままに暮らすようになったカイムは牢獄民の親玉(親友)に「今のお前は自分の足で立っていない」と指摘されるわけなんですが、じゃあ牢獄にいた時に彼は自分の足で立っていたかというとこれもまた否定されるわけなんですね。
 実はカイムは牢獄をいつでも出られる状態にいたのに『自ら』そこに留まり続けた、無意識的に。これは聖女様との一件で明らかになるカイムの真実ですが、「なぜ牢獄を出なかったのか、俺がぬるま湯に浸かることを選んだからじゃないのか?外に出るのが怖かったからじゃないのか?」とカイムは気が付くことになるわけなんですが、そうすると前述の「今のお前は自分の足で立っていない」台詞がよくわからなくなってしまいます。
 元々カイムは臆病だった。外を恐れた。変化を恐れた。楽な方に逃げていた。それは自分の足で立っていると言えるのでしょうか?
 この「今のお前は自分の足で立っていない」という台詞は親友に言われるわけで、その人物はまあいわゆる「デキる人」風に描かれているので、そのキャラが間違えたことを言うとは想像しにくい。もちろん人間ですから洞察に限界はあるわけで、間違ったことを言っているのかもしれませんが、聖女様と親玉という二人の「確固とした自分を持った人物」が相反する真実を述べるわけですからどうもよくわからなくなってしまう。もしかしたらその前の「殺人を請け負う」ことを選んだのは自らの選択であってその頃のことを言っているのかもしれませんが、やっぱりなんだかわかりづらい。
 しかしそもそも主人公が「確固とした自分」を持っていないにも関わらずフィオネに始まりエリス、王女様と変化を促してきたというのは違和感はないものなのでしょうか? あまり覚えていませんが結構大それたというか説教じみたことも言っていた気がするのですが、主人公が主体を持ち得ていないという前提に立ち考えると主人公の傲慢さが浮き彫りになるような気がします。結局空論だったんかい、という。かなり偏屈な見方ではありますが。 

 物語のセオリーとしては最初と最後で主人公の内面の何かが変わっていればよい、みたいなところはありますが、やっぱりそれで考えてもどうもごちゃごちゃしてる感が否めません。外的な目的は確固としてありますが(真相究明)、内的目的(自分の選択で生きる)がポッと出てくるのであんまり共感できなかった感じです。その為にお兄さんとかいたんでしょうが、お兄さんとの決闘も燃えませんでした。それはやっぱり「内面の葛藤」が物語とうまいことリンクしていなかったからじゃないのかなぁと思いました。色々と描写はあったはずなんですが(お兄さんの呪縛とか)、いまいち印象に残っていないというのが正直なところです。

 粗ばかり指摘したような記事になってしまいましたが、僕は本当にこのお話を楽しみましたし、僕の興味がライティングにあるのでこうなっただけで、そこに他意はありません。すばらしい作品でした。特に性女様万歳。
 万歳、万歳。性女様万歳。(喝采)