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黒髪ロング補考(綾波レイ鋳型との比較検討)

 

 

 

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※左から「新世紀エヴァンゲリオン綾波レイ/「涼宮ハルヒの憂鬱長門ゆき/「ゼロの使い魔」タバサ

(一つ前の記事が「黒髪ロング考」という第一弾の記事となります)

誰も求めていない補考であります。一ヶ月空いてしまいましたが一ヶ月考えていたわけではありません。黒髪ロング祭りの仕掛け人「水星さん家」様の「これからの「黒髪ロング」の話をしよう」という記事を読み、なんとなく思いついたことを綴ります。こちら→これからの「黒髪ロング」の話をしよう

「水星さん家」様のこちらの記事で「今や黒髪ロングの特性は黒髪ロングだけの特権ではなくなりつつある。それは新世紀エヴァンゲリオン綾波レイに起因するものだろう」と仰っています。黒髪ロングの「謎を秘めた少女」といったパブリックイメージは、新たに現れた「無口無表情の綾波レイ的なキャラクタ」も担い始めている、と。(とても不安なので原文をお読みください)

正直、僕には黒髪ロングの特性が黒髪ロングだけの特権ではなくなりつつあるのかどうかはよくわかりません。そもそも黒髪ロングの特性といっても、昨今の綾波レイ的少女たちと黒髪ロング少女が内包するそれがぴたりと一致するといったことはありえないでしょう。黒髪ロングとはその視覚的刺激が僕らの深奥をさらうことにより立ち昇ってくる魅力といったものが大きいわけですし、それを持ち得ない彼女たちはこと「外面」といった要素に限って言えば黒髪ロングになりきることは不可能です。「どの特性か」、これをきちんと明示しないことには比較検討することはできません。

水星さんち様ではその特性を内面に限定し、主に「謎」といった側面に焦点を合わせています。(何度も言いますが、その他の要素に関しては僕は慎重な姿勢でいます)
「謎」、綾波レイに端を発する少女達は、今では黒髪ロングからそのお株を奪いつつある。これは確かに「そうかもなぁ」と頷かされてしまうところで、僕も彼女たちの立ち位置が黒髪ロング少女と似ていると感じていました。綾波レイは「青髪ショートカット」でその流れを汲む少女達も多く似た容姿を持っており、全く容姿が異なるにも関わらず、です。一昔前、といいますか、パブリックイメージとしたら彼女たちは黒髪ロングであるべきキャラクタだったのではないか、そうまで思えてしまいます。

黒髪ロングの外面が喚起する多様なイメージ、「面影」や「佇まいの美」は持ち得ていませんが、こと内面に関してはかなりの部分で似ていると思えます。そしてこれは「綾波レイに端を発するもの」である。
やはり綾波レイの存在は大きく、彼女の造形は今や一つの鋳型(ステレオタイプ)までになっています。そして綾波的であるということは、制作者が綾波のようなキャラが欲しいなと思い想像されるキャラクタは、もちろん綾波のイメージを汲み取られて形成されるわけですから、すべからく多少なりとも立ち位置が似てきます。この立ち位置、といったことが重要で、「綾波」とその後の「綾波的キャラクタ」は、内面とその立ち位置を同じくしているのです。そして立ち位置が同じということは内包している物語も似てくるといったことになります。
それは「解凍の物語」です。

僕は彼女たちから黒髪ロングから香り立つ「色気」は感じませんが(黒髪ロングの魅力は「艶やかな黒く長い髪」に象徴されるように女性性に依っています。ですが彼女達は色のついた短髪です)、内面の「物語」は感じます。身に背負った物語が似ているのだと思います。その物語は「箱入り娘」といった物語です。
箱入り娘から解凍される物語を昨今の綾波レイの流れを汲む少女達は孕んでいるのではないかと思います。(ちなみに黒髪ロングを「外面」「内面」両方から掘り下げていくと「穢れのなさ」に行き着きます。詳しくは前回の記事をご参照下さい)

話をわかりやすくする為に、昨今の綾波レイの流れを汲むキャラクタの例を挙げてみましょう。
個人的にパッと思い付くのは「凉宮ハルヒの憂鬱」の長門ゆき、「ゼロの使い魔」のタバサですかね(タバサは長門の模倣といった印象を受けますが)。最初彼女たちを見た時は、「綾波だなぁ」と率直に思ってしまったものです。やはり内面も似ていると思えます。
整理しますと「黒髪ロングの立ち位置」と「綾波レイの立ち位置」が似ており、その為内面も重なる部分が多く、その流れを汲む「綾波レイ的キャラクタ」も必然的に「黒髪ロング」と似てくる、となります。

綾波と黒髪ロングのどういうところが似ているのか、それは何度も言いますが「箱入り娘」であるところです。綾波についてはもはや誰もがご存じかと思いますので多くを語りませんが、とにかく物語の要請上彼女はとても籠の中の鳥です。その立ち位置が喚起する健気さや純真さやなんかも、彼女の大きな魅力になっています。

しかし、前述しましたように、この内面(立ち位置)を持つキャラクタのパブリックイメージとしては、綾波の外見はそぐわないものでした。それはそれまでの想像力で見るならば、黒髪ロングが担うべき立ち位置でありました。少なくとも、黒髪ロングであることが多かったはずです。
あの有名なTV版最終話でのパラレルワールドでも、綾波レイはとても「表情豊かな明るい女の子」として出現しました。このパロディ通称「学園エヴァンゲリオン」からもわかる通り、一般的にはそんなイメージを抱かせる外見でしょう。でなければカウンターとしてのパラレルワールドに住まう綾波にこんな性格を持たせません。

いわゆる彼女は「外面」から喚起されるパブリックイメージからかけ離れた「内面」を持っているといえます。これは突然変異であり、「物語においてキャラクタの造形はすべからく内面を反映するもの」とのセオリーからは全くかけ離れています。
そしてこの「外面」と「内面」の分断、ギャップが彼女を際だたせていたことは言うまでもありません。

彼女の出現は事件でした。誰もが目を奪われ、度肝を抜かれました。そしてのめりこみました。圧倒的に新鮮だったのです。そしてこのエヴァンゲリオンという作品は業界を、それまでの物語をひっくり返し、綾波は一つの鋳型として残ることとなりました。

綾波はやはり昨今の無口無表情キャラの始祖、であるならば、どうして彼女だけ唯一「外面」と「内面」の分断された突然変異でありえたのでしょうか。

結論はすぐに出ました。
彼女は碇ユイのクローンだからです。
綾波は物語の要請上、例外的に「内面」と「外面」が乖離される必要のあるキャラクタだったのです。

碇ユイとは主人公・碇シンジ君のお母さんであり、既に他界?しています。ですが、肉体の情報?だけは残っており、まあ細部の設定まではよくわかっていないのですが、その肉体の情報を元に構成されたのが綾波レイということになります。つまり、彼女はユイに似せて造られた存在です。器である身体も大量生産されています。

ここに彼女が突然変異である理由が求められます。綾波の外面は綾波が自ら選びとったものではなく、与えられたものなのです。彼女は「青髪ショートカット」ですが、それにふさわしい内面を持ち得ていないのも道理です。何故なら持ち得ていないことが彼女の悲劇性だからです。「外面」ばかり強調され、「内面」がないがしろにされた状態といえます。それ故に彼女は自分(内面)に価値があると信じることができません。「私が死んでも代わりはいるもの」。内面から繋がった外見ではないから、借り物でしかないからです。

元々の碇ユイは作中の描写を見る限り、かなり外向的な人物だったようです。あの陰湿とっつぁん坊や・碇ゲンドウの手を引き一緒になり子をもうけたあたりからもそれは伺い知れます。ゲンドウのことを「かわいい」とかなんとか形容するあたり、姉さん女房だったのかもしれませんね。ゲンドウが最後までユイを偏執的に追い求める姿はさながら子供ですし、やんちゃ坊主を見守る母的な感じだったのでしょうか。少なくとも内向的でひとりぼっちであるとか、そんなことはなかったと思われます。

しかし反してその容姿を継承しているレイはとても内向的で寡黙でひとりぼっちです。唯一の寄る辺であるゲンドウからはユイの代替としか見られていないとも思えるし、とてもかわいそうな少女です。その悲劇的な外面すらも彼女の物語の一部です。そしてそこに碇シンジが現れて、彼女が段々と内面を獲得していくのはご存じの通りです。

こうして彼女は青髪ショートカットでありながら黒髪ロングの大きな特性である「秘」や「箱入り娘」を獲得することとなりました。「外面」と「内面」の乖離、このギャップはそれまでのアニメ漫画的想像力にはあり得ないものでした。特異な設定を持つエヴァンゲリオンだからこそ、彼女は生まれました。

こうして考えると「凉宮ハルヒの憂鬱」の長門がいかに綾波レイと似ているかがわかりますね。長門も「外面」と「内面」が分断されたキャラクタです。彼女は宇宙人が造ったアンドロイド?であり、異境の地に一人命じられやってきた異邦人で、外見は仮初めだし未だ感情というものを知りません。代わりもいくらでもいます。そして主人公に惹かれていく中で内面を獲得していくのも同じですし、なんと主人公と一緒にいたいという感情が暴走し、それを自ら食い止めるところまで同じです。

手を引かれる物語、黒髪ロングと綾波鋳型はこの物語を孕んでいます。立ち位置が似ているからです。だから容姿は全く異なるにも関わらず「秘」やらなんやら受ける印象が似てくるのです。そしてその立ち位置は以前は黒髪ロングがほぼ独占していた領域だったのです。(黒髪ロングの方は多様性があり、別に明るかったり気さくであったりしてもよいのですが(その分要素は希釈されますが)、綾波鋳型キャラはあくまでも綾波以上の広がりを見せられないことがネックですね。外面からの想像を裏切る内面を持っていることが肝なので、明るかったりしたら当たり前にしかならないからですね。その上で「秘」やら「箱入り」やらを載せるのは可能ですが、そうなるとそれでも明るく振る舞う彼女の「強さ」が際だつことになり、黒髪ロングの「実は脆さを抱えている、一人じゃ生きていかれない」という物語からは離れてしまい、印象も離れてしまいます)

纏めますと「新世紀エヴァンゲリオンという特異な設定を持つ物語から綾波レイという黒髪ロングの特質を孕む少女が生み出され、そして社会現象にまでなった空前絶後の大ヒットによって綾波はアニメ漫画的キャラ造形の一つの鋳型として残ることとなり、その流れを汲む少女たちもまた黒髪ロングの特性を孕むこととなった」ということです。

ただ一つご注意頂きたいのは、綾波テンプレが黒髪ロング特性を孕んでいると言っても、これは僕らゲームアニメ好きにしか通用しません。エヴァがもたらした衝撃は漫画アニメ的想像力(データベース?)の中に「綾波レイ」を組みこみこそすれ、一般人の認識までにはさすがに影響を及ぼしてはいないからです。(一般人とはアニメや漫画をあまり見ない人のことを言っています)

これは僕らが綾波的キャラクタを既に自然と受け入れてしまっているので忘れてしまいがちですが、綾波の容姿が黒髪ロング特性を孕んでいること自体が元々イレギュラーだったのであり、その意味で未だ一般人は日本的な土壌に育まれた黒髪ロングの認識に留まっています。
彼らにとっては青髪ショートは無口無表情とはほど遠いイメージであり、「箱入り娘」を喚起させるものではないでしょう。黒髪ロングの内面の特性を彼女たちが持ち得ているとしても、それは万人が抱くパブリックイメージには達していません。
僕の前回の記事は「万人に」とっての黒髪ロング論でしたので、一応付け加えておきます。