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趣味の徒然うつらつら(2016年他ブログより移転)

美少女ゲーム、性描写があるとないとではどう違うか。

結論その1「エロのある・なしは、キャラもとい物語の性質に深く関わっている」
結論その2「萌えとは、絶対に手に入らないものに恋焦がれる心の情念であり、要するに永遠に成就しない恋である」

 エロがあった方が得とか、そういう問題じゃないと思うんだけどなぁ。
 アイドルマスターときめきメモリアルに性的要素があったら、それはもう別のゲームだと思うんだけどなぁ。

 なんでいつもは僕なんか及びも付かない程に切れ味鋭い考察を見せる方々が、この話題になると凝り固まってしまうんだろう……。
 いや、僕が柔軟とかそんな意味じゃないですよ? 
 そうじゃないです。けど、事この問題に関して言えば、僕の考えが間違っているとも思えないんです……。絶対気が付いてないはずないんですよ、何でなんですか。
 それともあえて見て見ぬフリをしているの?
 エロゲーマーとしての矜持が、視野狭窄にしてしまっているの?
 コンシューマーの事をあんまり思考に留めていないのかしら。
 ほいではスターツですが、「長い!」とお怒りの向きは、太字だけでも拾ってやって下さい。

 初めに、この問題に関しての僕の見解を述べさせて頂きます。
 僕の考えは一言に集約可能です。
 それは
 
 エロのある・なしは、キャラクターから得られる情感、そして物語自体の性質に作用する大きなファクターになっている。
 
 というものです。
 なので、全年齢と18禁では、キャラもとい物語の性質が大きく異なってくると思っています。


シナリオの流れの中で「どうしてここでセックスなんだ?」と思うことは少なくありません。そう言ったゲームならいっそエッチシーンがない方が……いやいやエロがないエロゲなんて!僕も葛藤はありますが、やはりエロは欲しい。『Half Moon Diary』のラルフさんが仰っているように、エロが有った方が得だと思うんです。違和感なくエロシーンを楽しむ為に、どうしたらいいのか。
 twitterの誰かが言いました。「エッチシーンをクリア後の特典にしちゃえばいいんじゃないか」と。
ブログ「Re:Re:Re:」様  「エロのないのエロゲの道を示した『ToHeart2 AnotherDays』」より一部抜粋

 以上は僕がいつも拝見させて頂いているブログ様からの引用です。
 
 僕の考えは「エロのあるなしは作品の根幹を揺るがす大問題」ですので、この「損得勘定で考えればエロが欲しい」という意見にはあまり賛同できません。
 逆に、僕としてはエロがない方が作品へ移入がしやすかったりしますので。
 
 では僕の嗜好を鑑みれば、上記ブログ様の意見のように、物語中のエロをなくしてクリア後の特典にすれば無問題なのでしょうか? 
 いいえ、この意見にも僕は否定的です。実際にfate/hollow ataraxiaがクリア後にHシーンがあるという具合でしたが、なんともはや、如何なものかと思ってしまいました。
 
 何故ならそれはポルノグラフィでしかないからです。僕は物語至上主義なので、本編を楽したならばそれだけ、クリア後の特典に萎えると思います。それは僕の余韻をぶち壊す、物語を貶めるものにしか見えないです。心震わせる物語を展開させておいて、その後にはポルノグラフィとしてお楽しみ下さいというのは、今までの感動が霧散してしまう結果にしかなりません。キャラクターを弄んでいる気持ちになり、あまり心地よくありません。
 元からいわゆる抜きに特化したゲームの場合は話は別ですよ? そういうものでしたらもう全然おっけーです。バリバリいきませう。

 そしてもちろんこのような考えを抱いているという事は、よく散見される物語上とってつけたようなエロも不要だと思っていますし、それはやはり物語としての質を貶めるものであるとすら思ってしまいます。
 何度も言いますが、僕は物語至上主義なので、物語になんら貢献しないエロには否定的です。でもそれはつまり物語の流れの中で必要であるエロならば大いに歓迎するという事です。物語に貢献しているか否か、それが僕にとってエロを受容できるかどうかの境目です。

 では、「物語の流れの中でのHシーン」とは具体的にはどのようにして成立するのでしょうか。
 私的な考えで言えば、それは「関係性が描けている」という事が必須条件となってきます。 
 
 とってつけたようなHシーンには「関係性」が欠如しています。
 つまり、男と女としての関係性、他者としての関係性が皆無で、そこに存在しているのはあくまでも男の欲望が産み出した願望で、直截にいえば性欲です。まるで生身の触れ合いではありません。彼女達は言葉は悪いですが、さながらAV女優と化してしまっています。いつもの彼女達はどこかへ行ってしまっています。両者の双方向の触れ合いではなく、一方通行に触れる事にしかなりません。
 そこから得られる情感は、ただ「性的欲求の解消」ただそれだけであって、だからつまりはポルノグラフィーなわけです。物語の流れを汲んでいない為、彼女達が人形に転化せしめられてしまっているからです。
 
 人物と人物のぶつかり合いがない為、物語至上主義の僕としましては(しつこい)、あまり良くは思えません。
 物語上必要不可欠なエロとは、関係性、生身の触れ合い、相手を慮る心情が描けているものだと思います。 
 
 先程も言いましたが、僕が「物語重視派の18禁ゲーム」で肯定するHとは、関係性が描けているゲームです。
 要するにセックスまでの、そしてセックスでの心の動きが描けているゲームです。
 肉体だけでなく、心と心も触れ合っているゲームです。
 
 僕は先日「雪影」というゲームをプレイしましたが、このゲームは性的描写が多いにも関わらず、それが物語に不可分な要素に昇華されており、そのセックスへ至る過程、そしてセックスでの心の動きが物語に多大な魅力を付加しているという、すごく切実な性が展開される「これぞ18禁」というすばらしいものでした。
 それはそういう性の一連の流れが、関係性の中で展開されていくからです。なのでものすごくシンクロできるんです。
 こういうゲームであれば僕は楽しめます。Hがある意味があるからです。逆にHがなければ成立しえないとすら言えます。
 なので、物語重視のゲームでHを挿入するものは、しっかりと関係性を描いて欲しいです。

 ……話が折り返し地点に到達しました。 
 関係性、これが一つのキーワードです。
 そしてこの関係性をここからもっと深く考えていく事で、冒頭述べた
 エロのある・なしは、キャラクターから得られる情感、そして物語自体の性質を作用する大きなファクターになっている
 に繋がってきます。なので申し訳ございませんが今しばらくお付き合いの程よろしくお願いします……。

 突然ですが、アイドルマスターというゲームをご存じですか?
 このゲーム、一言で言えば、プレイヤーがアイドルの卵を自らの手で育てるゲームなんですが、このゲーム、全年齢のゲームなんですね。
 つまりエロがないんです。(ご存じない方の為に紹介ページを張っておきます→アイドルマスター紹介ページ) 

 ご褒美的なエロシーンはない。という事は、僕達は性的な欲求ではなくて、純粋にその愛くるしさに触れて、彼女達を慈しみ癒されます。
 では、「このゲームに、仮にエロがあったとしたら」どうでしょうか?

 ご褒美のエロがある。それってつまり下心で彼女達を育てていたって事になるわけじゃないですか。
 だって、最終目標はHなんですよね。なら彼女に性欲を抱いていたんですものね。 
 
 ……え、ちょっと待て。それちがう。
 彼女達が純粋にかわいいから。
 下心じゃなくて、親心から、プリティーな彼女達をあいくるしいと思って頑張ってるんだ。
 そんな俺の無償の愛を、下心などという猥雑なものに貶めてほしくない! 
 
 とかなんとか。
 どうですかね、反論したくなっちゃわないですか?
 こんな具合に、エロのあるなしはキャラから抱く所感と大きく関わっていて、そこに性欲を見るかどうかでゲーム自体の性質も異なってくると思います。
 
 つまり、遠くから愛でる性質のものか。
 それとも、実際に手に入れてしまう性質のものか。
 憧れと現実と言替えてもいいかもしれません。
 言うまでもなく前者が全年齢で、後者が18禁です。
 
 これは僕の私見ですが、性に結びついた女性の艶めかしい魅力やコケティッシュな美には「萌え」という言葉はあまり使わないのではないでしょうか。
 それよりも愛でたいもの、癒されるもの、安らげるもの、そんな存在に萌えという言葉を使うのではないでしょうか。
 
 つまりはエロがあると、関係性が破綻しやすくなってしまうんです。
 男にとって性欲とは、あがらい難い、がんじがらめにされてしまうような強烈な衝動だと思います。
 その性欲を彼女に見て取ってしまえば、彼女の心を見る事はなくなってしまい、どうしても彼女の「体」を見る事の方が大きくなってしまいます。
 これはもう男のサガでして、いかんともしがたい事です。でもそれって一方通行ではないですか? 彼女を人として、尊重していますか? 例えキャラクターでも……。
 
 僕がキャラクターに萌える時は、例外なくそのキャラクターを尊重しています。あまり僕の思い通りにしようとは思いません。彼女の体ではなくて、心に癒されます。
 
 18禁では全ての想いが性欲に集約されてしまう。性欲しかない触れ合いは関係性を孕んでいない。だから僕はあまり萌えられない。なぜなら尊重する前に、もう性欲という大渦に飲み込まれてしまうから……。
 性欲しか見ていない恋を、果たして愛などと呼べるでしょうか?(はずかちい) 
  
 この問題をもっと深く考えていく為には、「萌え」というものを定義してみる必要があるかもしれません。
 例に出したアイマスは「萌えゲー」と言っていいかと思いますが、僕は「萌え」とは関係性の中にしか存在しないのではないかと思っています。
 なので、僕にとっては関係性の存在しないポルノグラフィー、抜きゲーの中には萌えは存在しません。

 「萌える」を今、大辞林で調べたところ「芽が出る。芽ぐむ。きざす。」とありました。
 基本的にはこの意味通りに、キャラクターへの愛情もとい想いが芽生える事を萌えと言っていると言っても良いでしょう。
 
 僕は以前書いた「美少女ゲームにエロはいらないその理由」という記事の中で、
全年齢と違ってエロゲーだとあんまり萌えられない

 と書き、その理由として、
僕は美少女ゲームのキャラクターに何者にも犯されていない聖性を求めているから

 と言いました。つまり、その聖性が萌えさせると。

 これをもっと突き詰めて考えると、聖性とは、手の届かない存在、つまり、決して思い通りにはならない存在という意味です。
 思い通りにならない存在、という事は逆説的に「頭の中でならば思い通りになる存在」という事でもあります。それは他者です。
 そこには関係性があります。僕と彼女は対等で、彼女の胸の内は決して僕にはわからない。わからないから想像できる。想像してしまう。
 そんな「相手のいる関係性」が存在します。

 要するに、僕的定義で恐縮ですが、萌えとは絶対に手に入らないものに恋焦がれる心の情念なのではないでしょうか。
 心の琴線に触れるもの、フェティシズムをくすぐられるようなもの、ある種の崇拝がそこにはあります。
 耐えず寄り添っているもの。絶対的な他者としてそこにいるもの。
 あれこれと妄想を巡らし、手が届きそうで永遠に届かない、そんな存在だからこそ僕らの脳内で生き続け、萌えるのではないでしょうか。これは例え人でなくても、物でも動物でも仕草でも同じ事です。心にキュンとくる事象全てです。
 萌えとは永遠に成就しない恋である。(だからディスプレイから出てきちゃったら萌えじゃなくて、只の恋になっちゃう)
 
 この構造は一応メタ的にも考える事が可能で、「ゲーム内の存在な彼女」と「ゲーム外の存在な僕」的に大きく現実世界と虚構世界に当てはめてしまえば、
「そうか、ディスプレイの向こうには確かに手が届きそうで届かないな。永遠に成就しない恋だ。だから萌えるのか!」
 と大枠で全てが包括されてしまい納得されてしまうかもしれないんですが(納得なんて誰がするんだって?サーセンww)、ちょっと待ってくらはい。
 今は全年齢と18禁という狭義の中で考えていますので、今しばらくお付き合いを。

 手の届きそうで届かない存在、僕は萌える為の条件をそう定義しました。
 この定義の後でしたら、僕が18禁にはあまり萌えられないと言った意味も、少なからず御理解願えるのではないかと思います。
 
 要するに、アイマスを例に出した時にも言いましたが、萌えとは「無償の愛」なわけで、決して代償を求めてはならないものなんです。というか、代償を貰ってしまった時点で彼女の聖性は失われ、天使から堕してしまうんです。崇められなくなります。
 愛でるものであって、空想し妄想するものであって、だからこそそこには「関係性」が発生しているわけです。言うまでもなく僕は関係性を「未知の心の動きを持っている他者がいる空間」と捉えています。
 僕らの妄想に「対象」(彼女)が応えてくれた時点で、ゲーム内の彼女は他者から「自らの延長」となってしまいます。未知ではなくなってしまいます。妄想の余地がなくなってしまいます。手に入ってしまいます。僕らの欲望を担わされた存在であると露呈してしまいます。そうなればもはや崇める事は不可能です。彼女を少なからず上から目線で見てしまう事は否めなくなります。
 
 このような理由で、僕は18禁美少女に萌えにくいんです。

 それでは最後に今まで述べてきた事をまとめてみます。

<これが大前提です>→美少女ゲームでのエロのある・なしは作品全体の性質を左右する事柄。エロがあった方が得とかそんな問題じゃ絶対ない。

 

<そして、エロがあると>→萌えにくくなる。性欲に全てが飲み込まれてしまうから。キャラに感ずる愛着は、他者としてではなく自分の延長として、自分を包括してくれるものとして感ずるものだから、実はそれは萌えとは一線を画すもの。性欲が前面に出ているものは、萌えという幻想よりかは現実的な肉欲な面が大きい。(言葉悪いかもです、ごめんなさい)しかしだからこそ彼女を好きになり、求める気持ちに嘘はないはず。抱きしめたい。抱きしめられる。萌えではなく、幻想を孕まない現実的で単純な「好き」。

 

<エロがないと>→萌えはこっちに適用されるべき言葉なのではないか。手に入らないから萌えるのであって、相手がいるから萌えるのであって、萌えとは永遠に成就しない恋なのではないか。幻想。成就してしえばその瞬間に彼女(対象)は天使から堕する事となってしまう。

 

 という事で、性質の違いを説明してみました。
 前述しましたが、「絶対に手に入らないものに恋焦がれる心の情念」という僕の萌え定義で広義に捉えれば、エロありの美少女にだって萌えは適用されるわけです。だってゲーム内なんだから手に入るわけないですものね。
 ですが、ここではあくまでも「エロのある・なしの違い」を考えて狭義に使用していましたので、その観点で見るとエロなしのほうが萌えの要素が大きいという意味です。あしからず。