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開店休業

趣味の徒然うつらつら(2016年他ブログより移転)

メモリーズオフ1stについて語るときに僕の語ること

(一つ前の記事でシリーズについても書いています)

この先、このゲーム以上に耽溺できる物語に出会う事はあるのだろうか。
それ程の衝撃を僕に与えたゲームです。
そう衝撃。
僕はプレイを終えた後、感動というよりもただひたすら放心してました。
深夜、唯笑EDを迎えた後にぼんやりと見上げた空、暗闇の中をゆったりと流れて行った淡い雲を今でも鮮明に覚えています。
うん、やっぱりあれは一種の事故みたいなものだったなぁ……。

時期やタイミングの問題もあったと思います。
出合ったのが思春期どまんなかストライクの時期でしたし、美少女ゲームにまださほど免疫のない頃でしたし。
もし仮に今、初めてプレイしたら当時ほどの衝撃は受けないだろうと思います。

でも確かにメモオフはあの当時の僕を狂わせた。
今振り返るとどう考えても明らかに深層心理的に望んでいた物語との出会いだったわけです。
需要と供給のタイミングがばっちしだった。
作品との出会いとしてはとても幸福な、最高な出会いだったと思います。

そんな良くも悪くも僕の人格形成に多大なる影響を及ぼしたゲーム。
語らせて頂きます、メモリーズオフについて────。

メモオフ1stとはKeyの名作「CLANNAD」と対極に位置する作品である。
CLANNADは愛する人と子の逃れられない死を奇跡によって回復する物語である。
それがカタルシスだ。
奇跡によって現実の痛みは解消され、僕らは安堵する。

しかし、である。
それは見方を変えれば、なぜハッピーEDにする必要があるのか、という思いにも駆られたりはしないか。
愛する人に去られたら、決して幸せにはなれないのか?
愛する人の死が、かけがえのない想いを伝えてくれて大切な心の、人生の糧になる事もあるのではないのか?
それを命がけで渚達は伝えてくれたとは思えないだろうか?

その渚達の命がけの勇気、教えを大切にしたいのに、と僕は思った。
それこそが渚達の望む事だと。
奇跡によってそれを無効化することは、渚や子の想いを気泡に帰する事にならないだろうか?
死んだ彼女達の生き様を否定する事と同義なのではないだろうか?
ここで彼女達を生きる運命にする事は、死すべき運命を歩んできた彼女達の生を否定する事でもあり、安堵したいという私達の願いは暴力であるのかもしれない。
奇跡によって生き返った渚達と、死んでしまった渚達は、異なる星の下に産まれた、別の存在でしかないのだから。
考え方の違いではあるけれど、少なからず僕はそう思った。

言うなればメモオフとはこの愛する人の死を奇跡によって回復しないで受け止め、前に進んで行く物語である。
アフターストーリーのない渚ルートの続きだ。
あの後に幼稚園に務める杏と一緒になるようなものだ。
メモオフとは現実の痛みを引き受ける、かけがえのない悲劇なのである。
もちろんどちらがいいとかそういう話ではなく、物語作法の性質の違いを説明するのにわかりやすいので対比させてるだけですよ。KEYファンの方は、上記説明をKEYの魅力を考えるきっかけとして捉えて頂けたら嬉しいです。

では、この説明を念頭に置きつつメモオフを語っていくが、初めによく言われる間違いを正しておきたい。
それは智也が「電波」だという事だ。
智也は電波ではない。
いや、素質はあるのかもしれないが、それよりも電波を「装っている」と言った方が正しい。

智也はテンションを高く維持しておかないと日常生活を送る事が困難なのだ。
すぐに彩花を思い出してブルーになってしまう。
その為にがんばって、あのような振る舞いをしているのだ。
これは智也が一種の睡眠障害的な面を見せる事からも窺える。
とにかく奴は寝る。よく寝る。それは逃避だ。寝る事で精神状態を保っているのだ。
自分でも気持ちが落ちてる時に「こういう時は寝てしまうしかない」てな事を言っていた。
クリアしたのに智也が電波でシンクロできないという人は、もっと裏を読んでくれ。
僕なんかあの振る舞いに共感して移入度が増したのに。

その為、僕にとってメモオフの中で一番印象深い場面は智也と唯笑の朝の登校シーンだ。
あの二人の些細なやりとり。
おおげさな冗談と笑い。
いつもの光景。
けれど実はあのやりとりはとても表層的なもの。
本当の心の通い合いではない。
二人の胸の内にはのっぴきならない想いが存在している。
その事に共に気が付いている。
打ち明けられない、でも打ち明けたい。
打ち明けてはならない。
二人だけの秘密の共有。
あの二人の間には、今も彩花が存在している。
唯笑が勇気を出しても、気が付いても智也は知らん顔をしてしまう。
小さな駆け引き。
繊細な心の綾。
BGMのタイトルは「Each And Every Heart」。
せ、せつねぇ~~~~~~~~!!!

それから、僕は説明書の彩花の所に「今は遠くに行ってしまっている」と書かれているのを見て、「ああ、引っ越しでもしちゃったんだな」と最初思っていた。
それなのに唯笑しか出てこない、しかも二人は会話にあまり出さない。
どういうこっちゃ?と思っていた。
そしたら少しづつ、実はもう永遠に会えない存在なんだと気が付いてきて……。

おっはぁ~~~~~~~~~~~~~~~!!!
まさかパッケージに翼が生えた彩花が描かれていたけど、こういう意味だったとは……。
智也以上に彩花の死を受け止めきれなかった。
もはや彩花は想像の存在でしかない為にアニマのシンボルと化し、僕にずっしりと覆い被さってきた。
いやはや。

もはや完全な幸福とは存在しないのであり、どうにか折り合いを付けてやっていくしかないのであり、智也はもう十分苦しんでいるのであり、なら応援したくなるのも道理である。
いくら僕らが「彩花なら微笑んで見守ってくれてるよ」と思ったところで、天国で彩花は新しい恋人を作った智也に業を煮やしているのかもしれないのだ。
結局の所、智也が自己完結的に前に進むしかないのである。
それでも前進するという事は、智也が彩花の生まで引き受けて、彩花の分まで幸せにならなければという不倶戴天の決意に支えられている事を意味しており、智也は罪を引き受けたのだ。
智也の悲痛な決意。
しかし、だからこそ感動を呼ぶ。

ちなみにPS版メモオフとcomplete以後ではエンドロールの演出が異なります。
PS版以外では演出強化され、山本麻里安の唄が入ったりしてますが、PS版では簡素に白地をバックにロールが流れ、テーマ曲「Memories Off」がかかるだけです。
僕としては絶対にPS版を押します。
歌も悪くないですが、余韻の残る度合いが違う!
他のあらゆる演出強化面を犠牲にしてでも、初プレイ時はこちらでやっていただきたいものです。
メモオフに俗的な演出はいらん!
シンプルイズベスト!!
悲哀を醸し出すのだっ!!!
はあはあ……。

あれ? なんじゃか語りたい事がたくさんあったはずなのに、いざ語り出すとあまり言葉が出てこない。
好きすぎるんじゃろか。

うーん、それもあると思うけど、これはたぶん僕が基本的に雰囲気に浸る事を楽しむ質だからなのかも。
設定に僕はさほど興味を惹かれないし、展開というよりかは、作品全体から醸し出される空気感を重視するみたい。
そしてとかく過去に包まれている現在にとても弱い。
それが醸し出す悲哀と優しさの空気に。
哀愁の漂う日々。
秋にやられたか。
落ち葉は卑怯だなぁ。
メモオフの背後に、遠大な円環を見る。
恐ろしく、そして包み込むようにやさしい、誠実な生と死を見る。

あ、今思いついた。
彩花という愛する人が死んでいて、それの乗り越えが主題になっている為に、潜在化して物語全体で太母として見守ってくれているような感覚に陥らせるのかも。
彩花ならそうしてくれているよ、っていう描き方してるし。
しかも唯笑も母性だし。
彩花を失って塞ぎ込んだ智也を包みこんで救済する唯笑に母を見たのは僕だけではあるまいよ。
普段も智也、明らかに唯笑に支えられてるし。
幼なじみ万歳。
 
書きたい事が出てき